今年のワールドシリーズ、みなさんはご覧になりましたか?すごい試合の連続でしたよね。私はテレビの前でひとりで「うわあ!」「やった!」と叫びながら、興奮しっぱなしで観ていました。
実は私、野球が大好きなんです。
小さい頃から始まった「野球との出会い」
野球好きの原点は、父との”チャンネル争い”にあります。
土曜の夜、テレビの前で繰り広げられた攻防——プロ野球を観たい父 vs『8時だよ!全員集合』を観たい私。今考えると笑い話ですが、当時の私にとってはけっこう真剣な戦いでした(笑)。
でも父は賢かった。戦いの合間に、少しずつ野球のルールを私に教え込んでいったんです。「この場面は、なんで三塁に送球しないの?」「アウトカウントとランナーの位置で、守り方が変わるんだよ」――そんなふうに、野球の奥深さを伝えてくれました。
気づいたら、すっかり野球のとりこに。父の作戦に見事にはまったわけです(笑)。
女子高に進学してからも、野球熱は冷めるどころか加速しました。同じく野球好きの友人と一緒に、県内でプロ野球(イースタンリーグ含む)の試合があれば、どこへでも足を運んでいました。入場料をやりくりしながら、スコアボードを睨みながら、二人でああだこうだと語り合った青春の記憶は、今でも鮮明に残っています。
そして高校3年の夏休み。「東京の予備校に行く!」と親に告げ(実際に予備校にも通っていましたが)、ほぼ毎日のように東京ドームへ野球の試合を観に行っていました(笑)。当時は今ほどスマートフォンも普及しておらず、試合のチケット情報を調べるのも一苦労でしたが、それもまた楽しい思い出です。
大人になっても、野球への愛は続く
社会人になってからも、地元でプロ野球の試合があれば必ず観に行く日々。32年間、県庁の管理職として働きながらも、野球観戦は変わらない「私の時間」でした。忙しい業務の合間に、スタジアムの熱気の中で過ごす時間は、何ものにも代えがたいリフレッシュになっていました。
そんな野球好きの私が、近年すっかりはまったのが大谷翔平選手。
今年3月、東京で開催されたドジャースの開幕戦は、残念ながら抽選に外れてしまいました。でも諦めない私(笑)。プレシーズンゲームのドジャースvs巨人戦のチケット抽選に応募したところ、見事に当選!東京ドームで、あの大谷選手をこの目で見ることができました。スタジアムの興奮、観客の熱量、大谷選手のオーラ……。あの日の記憶は、一生の宝物です。
ドジャースのワールドシリーズ優勝と、日本人選手の時代
そして迎えた今年のワールドシリーズ。ドジャースが見事に優勝を果たしました。
今年のドジャース優勝を陰で、いや、表で支えたのは、大谷翔平・山本由伸・佐々木朗希の日本人3選手です。この3人がいなければ、今年のドジャースの優勝はなかったと言っても過言ではないと思います。
……と同時に、ちょっと複雑な気持ちもあって(笑)。「天下のドジャースが、日本人選手に頼りすぎじゃない?」なんて思ったり。でもそれ以上に、「ドジャースを日本人選手が支える時代が来るなんて!」という感動のほうが大きかったです。
本当に、すごい時代になりましたね。
『MAJOR』の世界が、現実になった
実は私、野球漫画の『MAJOR』が大好きで、全巻持っているんです(笑)。
主人公・本田吾郎が幼少期からの夢を追い、メジャーリーグで活躍する物語。連載当時は、「日本人がメジャーで活躍する」なんて、あくまでも漫画の中の「夢の話」だと思っていました。もちろん、野茂英雄さんや松井秀喜さん、イチローさんといったレジェンドたちが道を切り拓いてくれてはいましたが、「漫画の主人公並みの活躍」というのは、やっぱり非現実的な話だと感じていたんです。
それが今では、漫画の世界をはるかに超える活躍をしている選手たちがいる。大谷翔平という選手は、投打二刀流という「漫画でもやりすぎ」と言われそうな存在感を、現実の世界で体現しています。
作者の満田拓也先生も、まさかここまでの時代が来るとは思っていなかったんじゃないかな、と(笑)。
チャレンジの積み重ねが、時代を変える
でも、ここに至るまでには、多くの人の多くのチャレンジがありました。
野茂英雄さんが1995年にドジャースと契約したとき、まだ「日本人がメジャーで通用するのか」という懐疑的な目がたくさんありました。それでも彼は海を渡り、トルネード投法でアメリカのバッターを圧倒した。その姿が、後に続く選手たちに「日本人でもやれる」という可能性を示しました。
松坂大輔さん、松井秀喜さん、イチローさん、田中将大さん、ダルビッシュ有さん……それぞれが挑戦し、試行錯誤し、時に壁にぶつかりながらも道を切り拓いてきた。そのチャレンジの積み重ねがあったからこそ、今の大谷翔平選手がいる。今の山本由伸選手がいる。今の佐々木朗希選手がいる。
ひとつひとつのチャレンジは、小さく見えることもある。でも、それが積み重なっていくことで、時代は確実に変わっていくんだと、今年のワールドシリーズを観ながら改めて感じました。
50代・元公務員のセカンドキャリア――私のチャレンジ
野球選手たちの話から、自分自身のことを振り返ってしまいました。
私は32年間、県庁の管理職として働いてきました。仕事にやりがいを感じていた部分もありましたが、ある時期からずっと「このままでいいのか」という気持ちが消えなくて。50代を迎えて、「自分を主役に生きる」ことへの渇望がどんどん強くなっていきました。
公務員の早期退職というのは、周囲からすると「もったいない」と見られることもあります。安定した収入、充実した福利厚生、定年まで勤め上げれば手厚い退職金と年金。それを手放すことへの不安も、もちろんありました。
でも私は決断しました。32年間の県庁勤めに区切りをつけ、早期退職を選び、セカンドキャリアへと踏み出すことを。
50代女性が長く続けられる仕事を模索しながら、自分の経験やスキルを活かせる新しい道を探しています。公務員として培った組織運営の知識、地域との連携、プロジェクト管理の経験……これらは、民間でも、独立した形でも、きっと活かせると信じています。
「小さなチャレンジ」を積み重ねること
野茂英雄さんが最初にメジャーへ渡った時、彼が「日本の野球界を変えよう」と大きな使命感を持っていたかどうかはわかりません。ただ、「自分が挑戦したい」という気持ちに従って、一歩を踏み出したのだと思います。
私のチャレンジは、彼らに比べたら、かなり小さい(笑)。
でも、大きさは関係ない。自分の可能性を信じて、一歩ずつ進んでいくこと。それが積み重なれば、きっと何かが変わる。
公務員を早期退職してセカンドキャリアを模索する50代の女性として、私は今まさにその「一歩目」を踏み出しているところです。うまくいかないことも、立ち止まることも、きっとある。でも、チャレンジをやめなければ、前には進んでいける。
今年のワールドシリーズを観ながら、そんなことを改めて感じました。
何歳になってもチャレンジできる
50代でセカンドキャリアに挑戦しようとしている私にとって、大谷翔平選手や山本由伸選手、佐々木朗希選手の姿は、年齢や立場を超えた「勇気の源」です。
彼らは決して最初から「成功」が保証されていたわけじゃない。日本の野球界というぬるま湯(失礼!)を飛び出して、未知の世界に飛び込んだ。その勇気と努力が、今の結果につながっている。
私も、何歳になってもチャレンジを続けられる人でありたい。
公務員として32年間積み上げてきたキャリアは、決して無駄じゃない。でも同時に、過去のキャリアに縛られることなく、新しい自分を作っていける。そう信じています。
50代女性として長く続けられる仕事を見つけること、自分らしいセカンドキャリアを歩むこと――その道は、まだ始まったばかりです。でも、今年のワールドシリーズが見せてくれた「チャレンジが時代を変える」という光景が、私の背中を押してくれています。
一緒にチャレンジを続けましょう。どんなに小さな一歩でも、踏み出すことに意味があると信じています。
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